元工場長のすこやか日記

皆様いかがお過ごしでしょうか?最近、なぜか変な人が集まります。

「遊び場」の由来

愛媛工場の立ち上げから2年、未だに地元人と言葉の壁を感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?元工場長です。

ハマチのシーズンも終わりを迎え、ふと愛媛工場の立ち上げた頃を思い出しました。

3年前、開発課長I(元副工場長)と私(元工場長)は運転免許を片手に海岸沿いに車を走らせ、やっと思い出見つけたのが今の愛媛工場でした。

1から10まで一つの工場を組み立てる事を経験できた事は今では大切な財産です。

始めはインフラが整わない段階で、卓球台(なぜか本社から持ってきたのですが)しかありませんでした。 

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私たちは将来社員達が使う作業テーブルを作成していました。

溶接機、切断機、工具、電気機器等、大概揃っていて、弊社にとって「夢を形にする場所」であり、さらに愛媛工場はそこからスタートしたのです。

当時私たちは、今だから笑えますが、「命を削る」ってこういう事なんだなというような仕事ぶりでした。

 

でも、とにかく楽しく、仕事というより「遊び」でした。

 

そこで「衛生区」、「品質管理室」、「事務室」など区画を決める段階で、「モノを作る場所」を「遊び場」と命名しました。独創的な創造は遊び心が無ければ生まれないと思ったからです。

初めての社員との集会で卓球台を囲み(テーブルもありませんでしたので)、

「オンスイ愛媛工場はここ「遊び場」から始まります!」

宣言した時の「いったいこの人は何を言っているんだ?」という様な唖然とした顔は忘れられません。

 

それから2年です。

 

今でも「遊び場」では、いろいろなモノが誕生しています。

みんなも違和感無く
「社長どこ?」
「遊び場です!」と言った具合で定着しました。

来月で34期目を迎え、社員がみな健康で充実ある毎日を送れている事に感謝をし、私には似合わない真面目なコメントとさせていただきます。

感謝。感謝。